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「心の風邪」って、クスリで治るの?(4)
2014年7月 4日

 「うつ病の患者に『頑張れ』と言ってはならない」という「常識」がある。本当にそうなのだろうか?私は、これは「神話」だと思う。

 「あなたの話を聞いていると、症状は軽く、本当にうつ病で苦しんでいる人を愚弄しているのではないか」と感じられる方がいるかもしれない。確かに私の症状はそれほど深刻なものではなかったかもしれないが、それでも自分なりに気分障害に苦しんできた。

 この拙文の最後に「自殺」について書いておきたい。

 うつ病患者に限らず、誰もが「この生きる苦しみから逃れたい。いっそ死んでしまいたい」という考えが頭をよぎることがあるだろう。私も数え切れないほど「死という逃げ道」を真剣に考えたことがあった。

 ただ「最後の一線」を超えなかったのは、若い頃身内に「先を越された」経験があったからだ。近い親戚の女性の結婚相手が30代で自殺した。聞けば誰もが名前を知っている大企業のエリート社員だったが、人付き合いが上手くなく、少し世間とずれているところがあった。

 心の病を発し、症状が重くなり入院した。本格的なうつ病である。快復傾向が見られ、一時帰宅した際、妻が外出中に部屋で自死を選んだ。まだ30代だった。

 急を聞いて駆けつけると、粗末な斎場に、憔悴しきった彼の妻の姿があった。あれから20年以上の歳月が経つが、彼女の心の傷はまだ癒えているようには思えない。
 その苦しみは一生続くのかもしれない。
 もしも愛する身内が殺されたら、手をかけた犯人を決して許すことはできないだろう。自殺という死に方は、奪われた、愛する身内その人こそが、「犯人」でもあるのだ。そしてそれに加え「なぜ救えなかったのか」という自責の念が家族と周囲の人間を覆う。

 そうした苦しみを身近に見てきたから、自殺だけは思い止まれたと思う。

 重い精神疾患や脳機能の障害に苦しむ人は多い。うつは「心の風邪」であり、少し異なるのかもしれない。しかし「風邪は万病の元」で、それが引き金となって最悪のケースに至ることもあるだろう。
治る風邪なら、やはりきちんと治さなければならない。

asahi.jpg それには、自分自身が「治りたい」「治そう」と思うことが何よりだ。「そう思えたときにはうつ病は治っていますよ。そう思えないから病気なんですよ」というジレンマはある。
 しかし「うつ病に甘んじる気持ち」からの脱却は、やはり周囲、特に家族からの励ましが必要だ。それが心から発せられたものであれば「頑張って」という言葉は決して患者を押しつぶさないと思う。腫れ物に触れるようにひたすらそっとしておくのではなく「生き生きといっしょに生きていきたい」「元気な姿が見たい」そうした家族の励ましが必要なタイミングは、必ずあるはずだ。どんなに取り繕うと、「生きる」ことはやはり「頑張る」と同義なのではないだろうか?

 そして、心から「頑張れ」と言ってくれ、それが患者の心に響く心療内科医と巡り会えれば、それは幸運なことだと思う。もちろんほとんどの医者は患者を苦しみから救いたいと考えているだろう。けれど、今の日本では、本当にそうなっているのだろうか?

 とりとめのない事を書いていると本人も自覚しているのだが、とりとめのないついでにもう少し。
 心の病には、理屈や倫理的な人生訓などより、芸術や宗教の助けが必要だと実感する。
 巷には、表層的で患者を苦しめるだけの「頑張れ」という言葉に似た小説や音楽やエセ理論が溢れている。しかし本当に心を打つ一枚の絵、一曲の音楽、そして自然の営みが語りかける一葉の風景は、なにより生きるためのエネルギーと快復力を与えてくれるように思える。

 カプセルや錠剤だけでは、苦しみから逃れることは難しい。薬も使いようだとは思う。しかしまさに「毒にも薬にもなる」のだ。依存するだけでは、酒やドラッグと五十歩百歩と言っては言いすぎか?

 まず「風邪をひかないため」にどうするのか。
 そして「風邪をひいたら、治るまでゆっくり休める」そして「治そうと思うように、治った方が確実に楽しいと思わせる」社会のあり方を、今一度真剣に問うてみるべきだろう。
 最後の最後。「自分を救えるのは、結局自分自身」。それしかない。

(了)
【坂本 晴一郎】

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