ネットアイビーニュース

スペシャリスト(専門家)企業経営ネット

がん・難病が教えてくれた医療の限界(前)
2014年8月29日

がん患者とその家族が体験を共有し学び合う、がん体験共有会(福岡市中央区、山口勝己代表)主催の講演会、「自分でつくったがんは自分で治す、真の医療に目覚めた医師と末期がん患者のがん医療講演会」(6月8日実施)は約300人の参加者を集めた。今回は、講演を行った2人の講師のうちの1人、医療の限界を見つめ、独自の視点から緩和ケア医療に取り組む秋本病院 消化器外科・緩和ケアセンター長の畑地美妃医師を紹介する。

医療法人AGIH秋本病院
消化器外科・緩和ケアセンター長 畑地 美妃 医師


<ベテラン外科医にも治せないがんとは>

 畑地美妃医師は、東京女子医科大学を卒業し、同大学の消化器センター外科で消化器系のがん手術を執刀していたベテランの外科医だった。1年ほど前、福岡で講演したことがあり、多くの聴衆の前で「現代医療には限界がある」と公言した。その当時から、「医師として自己否定に近いところから、非常に真摯な思いで現代医療の欠点を語る」と評価する声があった。畑地医師の著書「『真の』医療者をめざして」をひも解けば、腕の良い外科医だったからこそ、がん患者を完全には治せない医療者であることに耐えられなくなっていく過程がよくわかる。現在は当時の悩みも消え、福岡市の秋本病院で緩和ケア医として自信を持って医療に当たっている。

 畑地医師は消化器センターで外科医として勤務していた頃、食道、胃、大腸、肝臓、胆のう、胆道、すい臓など、消化器系のがん疾患で切除可能なものはすべて手術で切っていたという。切れないがんを抱えた患者は、抗がん剤治療か放射線治療を受けてもらった。
 先輩は皆敏腕で、10時間弱かかる難しいすい臓十二指腸切除術を3、4時間で終わらせるような医師もいた。外科医の世界では「がんは切除すべし」が鉄則で、手術できない状態は「負け」だった。だが、がんを切り取り「勝った」はずの患者が、再発して病院に戻ってくる。抗がん剤や放射線でがんを鎮圧させても、再び頭をもたげて患者の体を攻撃し返す。そんな矛盾に直面した。「どんな名医が手術をしても反撃するがんとは、一体何なのだろう?」と疑問を持った。

 当時の畑地医師の認識は、「がんとは、遺伝子変異によって自律的で制御されない増殖を行うようになった細胞集団のなかで、周囲の組織に浸潤し、また転移を起こす腫瘍である」という、医師としては一般的なものだった。なぜ生じるのかはわからない。先輩に訊いてもわからない。だが、そのような疑問に立ち止まる隙を与えないほど外科病棟の日々は忙しく、やがて忘れていった。

 しかし、嫌でも思い出さざるを得ない事態が起こった。実弟が潰瘍性大腸炎という難病に罹ったのだ。自己免疫性疾患の1つで、自分の免疫細胞が自分の体、とくに大腸を攻撃し、破壊させていく。弟の病状は劇症型で、大量投薬と腸の全摘出が行われた。攻撃する場所がなくなれば、治るだろうと思っていた。しかし、次はひざ関節が侵された。がんも自己免疫性疾患の免疫細胞も、何度切っても再発して攻撃を仕掛けてくる。ラグビー部の部長として活躍し、誰からも慕われていた優しい弟がどうしてこのような難病に苦しまなくてはならないのか、訳がわからなかった。
 弟からも、自分が担当するがん患者からも問われた。「がんや不治の病とは何なのか」「どうして自分がそれに罹らなくてはならなかったのか」「先生、教えてくれ」と。このような「スピリチュアル・ペイン」と言われる、死期を意識した患者たちの心の痛みに答えられない自分がいた。そもそもがんはなぜできるのか。それがわからないと治しようもないではないか。それなのに自分はなぜがんを切り続けているのか。医師は対処療法しかできないのか、本当にそれでいいのか、一体医者とは何なのか。積年の疑問が、一気に溢れてきた。

 日頃の業務の合間を縫って、答えを求めてさまざまな人たちと会った。代替療法や宗教家にも会った。しかし、しっくりくる答えがない。医者は対処療法しかできず、切っても再発する細胞をただ切り続けることが医者の仕事というのなら、いっそ亡くなる人たちの心に寄り添い、体を支えるのが医者の役目ではないかと思っていたところ、緩和ケアという医療現場を知った。緩和ケアは、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関してきちんとした評価を行い、それが障害とならないように予防したり対処したりすることで、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を改善するためのアプローチ」(WHO(世界保健機構)の定義より)だ。これなら医師として取り組めると感じ、がん治療を行う外科医としてのキャリアに終止符を打ち、緩和ケアを学ぶために、国立がんセンターへと移った。

(つづく)
【黒岩 理恵子】

| (中) ≫

新着情報
セミナー開催予定