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がん・難病が教えてくれた医療の限界(中)
2014年9月 1日

医療法人AGIH秋本病院
消化器外科・緩和ケアセンター長 畑地 美妃 医師


<緩和ケア医としても現代医療の壁に直面>

畑地 美妃 医師 国立がんセンターに移った後も、戸惑いは続いた。外科医の鉄則は「がんは切除すべし」。見つければ切る対象だった。がん細胞を痛みや不快な症状を起こさせる存在として捉え、その症状を取るために切ること以外の医療を用いる、という考えは、外科医の畑地医師にはなかった。医師としての視点そのものが180度違った。だが、患者は戸惑う時間を与えてはくれない。不快感や痛みを取り除くために、医療用麻薬や局所への放射線照射、ときには抗がん剤を使った。痛みをゼロにすることが役目だった。  そして痛みから解放された患者たちは、またしてもあの「スピリチュアル・ペイン」に苦しむのだ。「どうして自分ががんにならねばならなかったのか」「がんとは一体何なのか」「どうしてこの世に不治の病があるのか」手術でも薬でもゼロにできない聖性の痛みに苦しむ患者に対して、ただひたすら傾聴でケアした。外科医のときも、夜、こっそりと病室を覗いては、入院患者の姿を確認し、ときには不安の声を受け止めていた。自分自身をゼロにして、患者の声をひたすら受け止め、できるだけ相手の苦しみをゼロに近づけていくことは、畑地医師にとって当たり前のことだった。現代医療の塀のなかでは、がんが発生する理由もわからなければ、完治させる術もわからなかった。

 悩んだ末に、国立がんセンターを辞めた。途端、がんサバイバーたちと出会うようになった。今までの自分の治療現場では、なかなか出会う機会がない貴重な人たちだった。医者が余命数カ月と宣告したがん患者たちが、何年も生き、小康状態を保ちながら満足げに過ごしているという現実に驚いた。
 特別な人間などいないはずなのに、この違いはいったい何なのだろうと思った。同じ断食をしていても、がんを治した人もいれば亡くなる人もいるのを見ると、現代医療を超えた療法自体が完璧、というわけでもなさそうだった。
 ただ感じたのは、がんサバイバーたちは、がんとともに生きることができると、信じて疑っていない、ということだ。彼らと接するうちに、治療には人間の意識や無意識など、心の中の領域が大きく関わっているのではないかと思うようになった。そしてようやく、人間の行く末は意識の下の無意識に存在するアイデンティティが決めていて、アイデンティティが、「私は治る」と確信しないことには、自然治癒力は働かないのではないかと思い至るようになった。たとえばアイデンティティが「私は余命6カ月のがん患者だ」と確信してしまえば、そのように生きるほかなくなってしまう。
 畑地医師は、弟が、ラグビー部の部長を務めるほど人から頼りにされていたが、その責任を全部自分で背負い、何かあると自分で背負い込むタイプだったことを思い出した。「自分で自分を責める」――何かそれが、弟の免疫が自分の細胞を攻撃する症状と重なって思えて仕方がない。感情は、病気に大きな影響を与える。目に見える現象として病が現れる前に、生まれたときから表現することができなかった感情が、幾重にも幾重にも塗り固められた体のどこかに蓄積し、病気となって現れる。もちろん感情だけが原因だとは言わないが、原因の一部であるとは思った。
 世の中の仕組みとしては、原因があって結果があるのが当たり前。10円玉の裏があれば表があるように、すべて法則に則って、原因があって結果がある。それなのに、外科医はがん細胞という結果だけを切り取ろうとしているのだ。しかしそれは医療現場全体に言えること。どの医療も表に現れる病症しか見ていない。あたかも10円玉の表面だけしか見ていないかのように。手術や薬で、結果だけを抑え込み、弄ろうとしても治るわけがないのだ。そう思うと、今まで悩んできたことに答えが見えたような気がした。

(つづく)
【黒岩 理恵子】


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